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旦那様

昨日は、岩松院のあと、蕎麦屋へ行ったみたいに書いてしまったけれど、その前に少し散策しました。

住人以外が通ってもいいのかな?と思うような細い道を歩くと、格子戸越しに素敵なお庭が見える。
回って行くと、そこは一般に公開されていました。
庭
大きい庭園ではないけれど、よく手入れされた昔ながらの日本家屋のお庭。

また、細い道を進んでいくと高井鴻山記念館の前に。

何の予備知識もなく、「どうしようか?」と言いながら、入館料も300円と高くはないので入ってみると
 まず目についたのは妖怪の絵、それからこの大蛇。
大蛇
腹の一部しか書かれていないのに、絵の中になど収まっていられない大きく強い蛇の全体像が想像されて、迫力を増している。

この高井鴻山という人、幕末から明治にかけて生きた、小布施の大地主で豪商。若い頃、京都や江戸に遊学し、各界一流の人たちに学んだ。
北斎は彼の絵の先生、北斎にとって彼は良き理解者でありパトロン(旦那)という関係だったらしい。
上の大蛇も北斎の手ほどきを受けて鴻山が描いたもののようですね。

妖怪の絵も多く、かの水木しげるもここを訪れている。

記念館の中には、北斎のアトリエとして建てられた碧漪軒(へきいけん)、幕末の志士たちと語り合ったサロンゆう然楼(ゆうぜんろう)(←「ゆう」の字は難しくて見つからなかった)などもある。勝海舟や佐久間象山とも交流があったそうだ。

このゆう然楼は、ちょっとしたからくり屋敷になっていて
          抜け穴
これは、床下収納に見せかけた抜け穴。
二階の窓からも逃げられるようになっている。
幕末の志士たちと語り合う、ということはこの小布施でも危険なことだったのだろう。

これは二階の部屋。鯈然楼内部

進取の気性に富んだ文化人 ですね。

豪商と書いたが、色々な商売をしていたようで、中でも酒造業は、2000年に50年ぶりで木桶仕込みの酒を復活させた升一市村酒造として受け継がれている。また、栗菓子で有名な小布施堂も系列会社。

これも後から本を読んで知ったのだが、この升一市村酒造、小布施堂は、小布施が観光地として発展する立役者だった。
この話は長くなり過ぎるので、興味のある方はこれを見てください。

あと、ちょっとだけ続きます。

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