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芭蕉の月

一昨日「ご朱印の画像をこれからは載せようかと思っています。」と書いたのに、昨日はまた載せるのを忘れたので

鹿島神宮のご朱印です。
鹿島神宮ご朱印
「常陸之国 一之宮」なんですね。さすがです。

鹿島神宮を後に、次の目的地へと歩いて行くと、道端にこんなのがある。
七つ井跡
何でしょう?周りになんの解説もない。
ネットで検索しても”酒造りに欠かすことのできなかった伏見の七名水”とかは出てくるけど、この辺りの話は見つからない。
ご存知の方いらしたら、教えてください。


鹿島神宮を離れてからどのくらい歩いたか、、、
多分十分ぐらいのことだけど、細かい地図なしで不安になりながら歩いていると
見つけた! 見つけた
         

句碑
1月11日にミニウォーカーで歩いた市川市行徳にこんな句碑がありました。
「月はやし 梢は雨を持ちながら」
これは芭蕉は貞亨4年(1687)、月見をかねて鹿島の根本寺を訪ねた際に詠んだ句。

この句が詠まれた根本寺です。 根本寺

山門をくぐって
          根本寺2

あった!

月はやし
ここにも「月はやし 梢は雨を持ちながら」の句碑。
というか、こちらが本家本元ですね。宝暦8年(1758)に建てられたもの。

それから
       寺に寝て
これも、ここで詠まれた「寺に寝てまこと顔なる月見かな」の句碑。

ここは612年(推古天皇21年)に聖徳太子によって開かれたとされる由緒のあるお寺。
ここの住職、仏頂禅師という人は、芭蕉が深川に住んでいた頃、芭蕉の住まいの近くに滞在していたそうで、芭蕉はこの仏頂禅師の元で座禅も組んだらしい。
芭蕉はその縁でここを訪れたとか。

昭和本堂建立記
昭和本堂建立詩というものが建てられていました。(写真はすべてクリックで拡大します)

現在の本堂は昭和56年に再建されたもの。
明治維新(1868)まであと4年の幕末、元治元年(1864)に水戸藩において、尊皇攘夷を旗印とした天狗党(急進派)の乱が起こった。その際、この寺もその兵火に会い、その後明治の初めに解体古材で再建。
それも傷んでしまったので昭和56年に再建した。
ということ。

境内はさして広くないけれど、静かな時間の流れるきれいなお寺でした。

見た処、ご住職がお住まいと思われたのですが、私が行った時はお留守だったようでご朱印はいただけませんでした。


↓ちょっと、こんなの参加してます。
  お堂の前のお像は薬壺を持っているから薬師如来様ですね。
  クリックして芭蕉の見た月を思い浮かべてください。
     
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テーマ : 神社めぐり
ジャンル : 旅行

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No title

Fukuにゃんさん、こんばんは

調べてみると本当情報無いですね
Fukuにゃんさんのページは出てくるんですが..

Fukuにゃんさんの紹介されたもの含めて5つ
で打ち止めしました、あと2つはどこだ~
(御手洗池、寸府井、神原の井、清水井、保太井)

苔丸さん

調べて下さったんですね。
ありがとうございます。m(_ _)m

でも、どうやって見つけたんですか?
私は全然見つけられませんでした。すごいですね。

御手洗池が入っている!のが、何だかうれしいです。
ご訪問の記念に

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Fukuにゃん

Author:Fukuにゃん
8インチの折り畳み自転車
 ミニウォーカー
    であちこちお散歩。
神社・仏閣、猫が好き。

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